どうすれば見返りをもとめないようになるか

永遠のテーマ


「与えるだけで満足」
そんな愛情を持ってみたい。
正直、兄弟に与える「愛情」ってヒヨコの刷り込みみたいなもんよね。
弟や妹が生まれた瞬間から
「あなたはおねぇちゃんだから」で育ってきてるから
何かあると「おねぇちゃん」を連呼されているわけですし
そこから生まれる 責任感 とか 保護意識 が脳を麻痺させる
これは、子どもを持った親でもそうですよね
「守らなければならない我が子」「愛する人との結晶」
大事にしなければ"ならない"うえに、大事にして"あたりまえ"ですよね
これ等を刷り込みといわずになんというか



で、大人になると相手は恋人や伴侶になるわけですよね



ここからが問題
恋人や伴侶は「他人」なんです
家族の次に一番近い「他人」
だけど、それは、理解しあえない「他人」
「〜しなければならない」などと考える必要のない「他人」


ここに
「私は○○したのだから、あなたも何かして欲しい」
という気持ちが生まれることは、果たして駄目なことなのだろうか?
まぁ、汚いと思うかもしれないが
自分の言動は、すべて何かを期待して行われる事だと思うわけで・・・
ここは私の思うことなので別にどうでもいいのですが


昔の人は言いますよね
「自分がしてもらって嬉しいことを相手にすると、相手も嬉しい。」
「自分がされて嫌な事は、相手にもするな。」
「人が嫌がる事(嫌がらせという意味ではなくて)はすすんでやった方がいい。」
「情けは人のためならず」
これって、突き詰めた極論って
あなたの行いは、すべてあなたに返ってきますよ
って事なような気がするのです



大黒姐さんの曲にもありますよね

あなたがそう 喜ぶから
化粧をまず止めたわ
どこいても捕まるようにポケベル持ったわ


車も詳しくなったし
サッカーさえも好きになったわ
迷っているけど この人に一生ついて行こうと決めた


あなたがそう 望むから
真っ直ぐ帰るようになった
ザツだった言葉使い丁寧になった


あなたがそう うつむくから
長電話も止めたわ
便利だった男の子達 整理した


髪も服も目立たなく お料理もガンバルから
Party には行きたい…
嫌悪がってたあの娘とも絶交したわ


これってまさに・・・って感じがするんです
私はあなたに愛されるためにこうするわ!って
私はあなたが好き
あなたに好きになってもらうためにこうするわ!って
ようするに、好きになってもらうっていう見返りですよね?
これって本質じゃないんですかね?
むしろ、最初から相思相愛なんてないですし
少なからず「私はこうしたから高感度上がってるはず」っていう
打算がないんでしょうか?
その計算は=見返りじゃないんでしょうか?





とかなんとか考えてる間に
世はふけてゆくのです・・・
早く寝よう